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「動的平衡ダイアローグ」福岡伸一 (木楽舎)

「動的平衡」「動的平衡 2」に続く動的平衡シリーズの第3作目は,著者の,

「「動的平衡は古くて新しい世界観であり,機械論的・因果律的な世界観に対するアンチテーゼ,あるいはアンチドート(解毒剤)としてある」というコンセプトに賛同してくれた人たち,そして,世界をかたちづくる動的な特性-柔らかさ,温度,揺らぎ,粒だち,可変性,回復性,脆弱さ,強靭さ,かたち,色,渦,美しさ-をことさら愛する人たちとともに,世界のありようを,動的平衡の視点から論じ合った記録である」

として,8人の人との対談の記録である。

その8人とは,

記憶とは,死に対する部分的な勝利なのです-カズオ・イシグロ

複数の「私」を生きる-平野啓一郎

「知的生命体」が宇宙にいるのは必然か-佐藤勝彦

無常の世では「揺らぐ」ことが強さである-玄侑宗久

未知の知は「昨日までの世界」に隠されている-ジャレド・ダイアモンド

建築にも新陳代謝する「細胞」が必要だ-隈研吾

「ケルトの渦巻き」は,うごめく生命そのもの-鶴岡真弓

「美しい」と感じるのは,生物にとって必要だから-千住博

それぞれの対談,興味深く読むことができたが,その中で,特に印象に残っているのは「日の名残り」などで知られる作家カズオ・イシグロとの対談。

福岡の「科学者は「How (どのように)」を説明できるが「Why (なぜ)」には答えることができない」を受けて,カズオ・イシグロは「「How (どのように)」の問いの答えがあって初めて「Why (なぜ)」への答えもはっきりしてくるように思えるのです」と応える。

さらに,記憶について触れた,

「私たちは,とても大切な人々を死によって失います。それでも,彼らの記憶を保ち続けることはできる。これこそが記憶のもつ大きな力です。それは,死に対する慰めなのです。だからこそ,アルツハイマーの人々の苦しみが悲劇的に思えます。彼らはアイデンティティだけでなく,大切な人の記憶まで失ってしまっていると感じるからです」

続いて小説「日蝕」「葬送」などを上梓した作家平野啓一郎との対談で福岡は,

「東京は,基本的に道路で囲まれた区画に同じ町名がついています。でも,京都では,通りの両側で一つの町になっている」

と言い,それに対して平野は,

「町の構造をタイルと目地に喩えると,東京はタイルを,京都は目地を中心に見ている感じですね」

と応え,それを受けて福岡は,

「グーグルマップのように空から俯瞰すると,あたかもタイルが街の単位のように見えますけど,街の実態とは,道路や川を超えて行き来する物質やエネルギーであり,相互関係そのものなのです。にもかかわらず,近代以降,人は目地ではなく,タイルばかりを見るようになった。ちょうど,「自分」が周囲から規定されるものではなく,確固たる本体をもつものだと考えるようになった」

と述べる。

刺激を受けた一冊であった。

動的平衡ダイアローグ

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