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「列車映画史特別講義」加藤幹郎 (岩波書店)

映画について語られる書物を読むときに感ずる違和感は何なのだろうと長い間思ってきたが,本書の「あとがき」での著者の言葉,

「ある映画作品が伝統をふまえたうえで革新的であるがゆえに芸術的であるとすれば,それはなんらかの理論によって解明されるべきものではなく,世界映画史の多様な文脈上で具体的に究明されるべきものだからです」

によって氷解した。

この著者の志向は,三部構成からなるオムニバス列車映画「明日へのチケット」の第二部を監督したアッバス・キアロスタミの革新性について述べた,

「本作「明日へのチケット」の卓越した第三部ですら,他のほとんどすべての物語列車同様,物語はもっぱら列車内の人間関係を中心に進行する以上,キャメラは基本,走行中の列車を撮影する必要はないにもかかわらず,映画という動的視覚媒体において列車の疾走(モーション)シーンは観客にとって魅力的表象であるがゆえに,列車内乗客間の情動(エモーション)の物語の流れに句読点を打つかのように,快走する列車の外観をとらえるショットを挿入するのが「列車映画」の伝統的撮影/編集法のひとつとなっています。
しかるに,第二部の監督はまさにそうした伝統的手法をほぼ完全に捨象し,投射光と反射光で成立する映画館のスクリーンそのままに,コンパートメントのガラス扉平面上の列車同様の長い横縞線上を走る緑色を四分間ものロング・テイクで表象します。
それは,第一部における老練な映画作家エルマンノ・オルミが第三部のケン・ローチ監督同様,伝統的映画手法を採用しながら車窓をスクリーン化したうえで主人公の潜在的精神(エモーション)を顕在化するのとはまったく異なります。キアロスタミは画面外の車窓から社内に射しこむ明光こそを視覚的媒体の「本質」的構造ととられ,暗い車窓を映画のスクリーンと化して主人公の内観を表象する伝統的手法を根底からくつがえします」

に如実に現れている。

本書は最高傑作オムニバス列車映画「明日へのチケット」だけにではなく,ヌーヴォー・ロマンの代表的作家アラン・ロブ=グリエによる「非」列車映画「ヨーロッパ横断特急」,小津安二郎への直截なオマージュ映画「東京画」を制作したヴィム・ヴェンダースの「アメリカの友人」,アルフレッド・ヒッチコックの「バルカン超特急」をはじめとするスペクタクル列車映画群,はたまた,ハワード・フォークスらの西部劇映画における列車と馬車の併存にいたるまで数多くの映画作品を取り上げ,

「能動的な映画観客になるためには,すぐれた芸術映画ならば複数回視聴することが絶対必要だ」

と主張する。

列車映画史特別講義

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