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面白かった本

当ブログで紹介した「心を操る寄生生物」は5月25日に読み終えた。

そこで,それ以降,7月末までに読み終えた本の中で面白かったものを紹介する。

「刺青の殺人者」アンドレアス・グルーバー (東京創元社)
前作「夏を殺す少女」の評価は75点であったが,本書は550頁の大作にも関わらず前作以上に読みやすく,しかも,展開がスピーディーで飽きさせない。
この作家,新作が出たら必ず読むことにするつもりだが,それは,刑事ヴァルターと女性弁護士エヴェリーンを主人公とするシリーズに限ってのこと。
著者は他に探偵ホガートシリーズとスナイデル&ザビーネのシリーズも同時並行的に上梓しているが,それぞれ翻訳出版された「黒のクイーン」と「月の夜は暗く」の評価は60点とやや辛く,両シリーズの自作を読むかどうかは微妙だと記している。

刺青


「春に散る」沢木耕太郎 (朝日新聞出版)
沢木のスポーツ・ノンフィクション特にボクシングをテーマにしたノンフィクションのための取材によって得た物が生きた小説である。
世界チャンピオンとなることを期待されながら夢破れた4人のオールドボーイが,若いボクサーと出会い,自ら得た経験や技を教え世界チャンピオンに育て上げようとする話で,その結末はある意味想像できる展開であるが,沢木の絶妙な筆遣いで最後まで味わいながら読むことができた。

春に散る上 春に散る下


「オリーヴ・キタリッジの生活」エリザベス・ストラウト (早川書房)
13の短編が納められているが,元数学教師のオリーヴ・キタリッジという女性が主人公とも言うべき長編小説とも言えるもの。
短編によっては主人公的にも登場するし,脇役としても登場し,全編読むとこの女性の主人公がどのような人物で,どのような人生を生きてきたのかがわかるようになっている。
13の短編の中ではオリーヴが主人公となる作品が特に印象深く読むことができる。

オリーブ


「日本人の9割が誤解している糖質制限」牧田善二 (ベストセラーズ)
糖質制限はやめよう,というか,糖質を制限することにこだわらないようにしよう。
著者は言う「糖質制限すると太っている人は体重を落とすことができる,血糖値をコントロールして下げることができることである。
しかし,糖尿病に罹らないわけではない。
まして,アルツハイマー病,癌,心臓病にかからなくなるわけではない。
血糖値コントロールも糖尿病治療の一つの方法にしか過ぎない」と。
また,65歳以上の人にとって糖質制限は何のメリットもなく,逆に,デメリットがあるという。
それは,BMI値が18.5から25未満の普通体重の人よりも,25から30の「肥満度1」の人の方が死亡リスクが66%も低いとの研究データもあるらしい。
小太りの方が長生きするということのようだ。
ただ,糖質の中でも単糖類と二糖類が特に危険で,砂糖はできる限り摂らないのがよい。
老化現象の主なものは「酸化」と「糖化」で,酸化は「錆びる」糖化は「焦げる」糖化されたタンパク質から作られる悪玉物質がAGE (終末糖化産物) である。
AGEは「生→蒸す→煮る→炒める→焼く→揚げる」の順で多くなるので,できる限り揚げる,焼く調理はやめたい。
AGEの蓄積を抑えてくれるスルフォラファンはブロッコリースプラウトに多く含まれているし,トマトやホウレンソウに含まれるαリポ酸もAGEの蓄積を抑えてくれる。

日本人


「ダイエットの科学」ティム・スペクター (白揚社)
本書の原題は「Diet Myth」つまり「ダイエットの神話」で,原題のとおりダイエットそして栄養学の神話を明らかにしていこうというもの。
ダイエットをはじめとする栄養と健康の話で多いのは,この栄養素は身体に良い,この化学成分は身体に悪い,だからこの食品は食べるべきだ,あるいは,避けるべきだという考え。
しかし,同じダイエット法でも,あるいは食品一つとっても,人によっては半応が違うことをみると,そうした単純化には無理がある。
そうした個人差を生み出す,もっと複雑な体の仕組みを最近の科学研究の成果を通して解き明かし,ダイエットの神話を一掃しようというのが著者のこの本で目指すところである。
この個人差の理由を考える上で鍵となるのが「腸内細菌」をはじめとする微生物の働きである。
腸内細菌の多様性,活性化を目指すには,多種多様な食べ物を摂取することと,ファストフードをはじめとする工業的食べ物や人工甘味料を避けることが重要である。
また,たまには絶食をすることも良さそうだ。いろいろ考えさせられる内容が書かれていて知的刺激を受けた。

ダイエット


「内面からの報告書」ポール・オースター (新潮社)
著者の子供時代,青春時代の楽しかった出来事,悲しかった出来事の断片を読みながら自らの人生を振り返る体験をした。
オースターの著作はこれまでに刊行順でいえば,「シティ・オブ・グラス」30点,「幽霊たち」不明,「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」80点,「幻影の書」0点,「ブルックリン・フォリーズ」90点,「闇の中の男」0点と読んできた。
本書の次は「冬の日誌」が控えており,訳者の柴田元幸氏によると,「ムーン・パレス」で語られていた青春時代のよりダークな語り直しともいうべき「Invisible」を,次いでどこかメルヘン的なはぐれ者たちの物語「Sunset Park」を訳し,そして,今年発表されたばかり驚くべき大作「4321」を早く訳したいという。
この「4321」は原書で866頁あり,作者であるオースターは「いままで書いてきた作品はすべてこの作品にたどり着くためだった」と述べているという。翻訳出版されるのが何とも楽しみである。

内面


「閉された言語・日本語の世界 (増補新版)」鈴木孝夫 (新潮社)
これまでも著者の鈴木孝夫の著作は「教養としての言語学」70点,「日本語と外国語」75点を読んで,著者の考え方には首肯できる点が多いと評価していた。
本書は1975年に刊行された「閉された言語・日本語の世界」に,やや詳しい注を増やしたもので,日本人の日本語観,さらには,言葉というものをそもそも日本人はどう考えているのかを,諸外国との対比において明らかにしたもので,考えさせられる考察が散見でき知的刺激を受ける名著に仕上がっている。
この鈴木孝夫氏は数多くの興味深い著作を上梓しているので,機会あるたびに手に取ってみたい。

日本語


「寝た犬を起こすな」イアン・ランキン (早川書房)
イアン・ランキンのジョン・リーバス警部シリーズは,第17作の「最後の音楽」を最後に警察を引退したと思っていたが,第18作の「他人の墓の中に立ち」で見事に復活を遂げ,面白く読んむことができて75点の評価を与えた。
本書は第19作目で,前作よりもさらに面白くなっている。
リーバス警部シリーズは復活以後の作品の方が評価できる。

寝た犬


「約束」ロバート・クレイス (東京創元社)
本書の前日譚とも言うべき「容疑者」は犬と人との熱い物語で面白く読み70点と評価したが,本書は「容疑者」を上回る面白さで楽しめた。
前作の主人公である警察犬のハンドラーであるスコットに相棒の警察犬マギーに加え,ロスの私立探偵エルビス・コステロと相棒のジョー・パイク,それに傭兵のジョン・ストーンという魅力的な人物も登場し,アルカイダの自爆テロの巻き添えで息子を殺された女性の真実に迫る。

約束


「人間は料理する」マイケル・ポーラン (エヌティティ出版)
人を人足らしめているのは「料理をする」ことだという著者の主張を,上巻で火 (バーベキュー) と水 (器と家族) というテーマで探求したもの。
なるほどと感じさせる体験談,考察が随所に溢れていて知的好奇心を満足させてくれた。
下巻では空気 (パン) と土 (発酵食品) が取り上げられていて,著者はパンと発酵食品作りにチャレンジし,その歴史と現在の食の問題点を浮き彫りにする。
名著である。

料理上 料理下


「わたしはこうして執事になった」ロジーナ・ハリソン (白水社) 
35年にわたって生活をともにした型破りなメイドと型破りな貴婦人の,刺激に満ちた日々と,身分や立場の違いを超えた絆を描いたベストセラー「おだまり,ローズ」の著者ロジーナ・ハリソンが,一緒に屋敷勤めをした5人の男性使用人を一人ひとり訪ねて話を聞きまとめた本で,英国のテレビドラマ「ダウントン・アビー」を観ていることもあって興味深く読むことができた。

執事


「ブラック・ボックス」マイクル•コナリー (講談社)
著者コナリーの25作品目にして,ハリー・ボッシュ・シリーズとしては前作「The Drop (邦題「転落の街)」に続く作品。
1992年に起きたロサンゼルス大暴動の最中に殺されたデンマークの女性フォトジャーナリスト殺害事件を二十年後に再捜査することになったボッシュの活躍を描く物語で,600頁の大部な作品であったが一気に楽しみながら読むことができた。

ブラック上 ブラック下


「フロスト始末」R. D. ウィングフィールド (東京創元社)
この作品を最後にフロスト警部が活躍する物語が読めなくなるのは残念である。
思えば「クリスマスのフロスト」「フロスト日和」「夜のフロスト」「フロスト気質」「冬のフロスト」「フロスト始末」と六作品も楽しく読めたことに感謝すべきかもしれない。

フロスト上 フロスト下

今後,読んでみて面白いと感じた本は不定期ではあるが紹介していきたい。

心を操る寄生生物

心を操る寄生生物

最近,面白い本数冊に出会った。
今日はそのうちの一冊を紹介する。

「心を操る寄生生物」キャスリン・マコーリフ (インターシフト) が今回紹介する本。

何とも刺激的なタイトルではないか。本の帯には,

「あなたの心を微生物たちはいかに操っているのか」
「寄生生物が脳を操るワザはアッと驚くほど巧妙だ!」
「気分や体臭,人格,認知能力を変えたり,空腹感もコントロール」
「ネコやイヌからうつる寄生生物が,交通事故や学習力低下に要因になりうることも明らかに」
「人々の嫌悪感に働きかけ,道徳や文化・社会の相違にもかかわる」

と書かれている。

本の著者はサイエンス・ライターで,仕事柄,題材にする興味深いトピックがないか探していたところ,インターネットで偶然目にした情報というのが,ネズミの脳を狙う単細胞の寄生生物に関する記事,そこには,

「その侵入者はネズミの神経回路に手を加え−詳しい方法については研究継続中−この動物が生まれもっているはずのネコへの恐怖心を消し去って,逆に魅力を感じるように変えてしまう」

「そうすればネズミは宿敵の口へとまっしぐらに飛び込んでいく。そして,これはネコにとって好都合にはちがいないが,寄生生物にとっても好都合だ。なぜなら,ネコの消化管は,その寄生生物が繁殖サイクルの次の段階をまっとうするために必要な場所だからだ」

と書かれていた。

寄生生物による様々な事象,その具体的観察結果,宿主がみせる不可解とも言うべき行動,それらの行動が進化に及ぼす影響といった研究分野が,進化神経寄生生物学と名付けられ注目を浴びるるまでに至った歴史をたどった第1章「寄生生物が注目されるまで」に続く第2章「宿主の習慣や外見を変える」では,驚異的な事実を眼前に広げてくれる。

それは,あまりにも突飛な事例報告から始まる。

ふつうは森の下草で暮らして泳がないはずのコオロギが,池や小川に飛び込んでいたというもの。

その記事を読んだフレデリーク・トマスは,

「溺れ死んだコオロギの体からニョロニョロ這い出した虫が自殺衝動の背景にあるのではないかと感じ,紆余曲折の後,近くのプールで待つこと数分,一匹のコオロギがプールに近づいてきたので踏みつぶすと,コオロギの体から長さが7〜8センチもある虫があふれ出てきた。数分後に別のコオロギがやってきてプールに飛び込んだ。コオロギを追ってプールに入ると,「生きた髪の毛」がその体から這い出してきた。この寄生生物こそハリガネムシだった」

このハリガネムシはコオロギだけでなくバッタとキリギリスの体内でも見つかり,同じように水に引きつけられる謎めいた行動を起こしていた。

「果たして寄生生物はどのようにして宿主を水中の墓場に引き寄せるのか」

トマスのチームは根本的な仕組みを突き止めようと,水に飛び込む前と後にコオロギの体からハリガネムシを取り出し,生物が作り出すタンパク質を確認する新しい手法であるプロテオーム解析を実施した。すると驚くべき事実が見つかった。

一つはコオロギでふつうに見つかる神経化学物質とそっくりの物質を,ハリガネムシが大量に生産していたこと。

もう一つは寄生されたコオロギでは寄生されていない対照群と比較して視力にかかわるタンパク質の量が多かったこと。

最初の事実は,宿主と同じタンパク質を生産することでコミュニケーションをはかりやすくすることにつながる。

第二の事実からは宿主の視覚を変えている可能性があるという仮説が導き出される。

そこで,彼らは寄生生物を体内にもつコオロギが光に引きつけられるかどうか調べることにした。その結果,健全な昆虫は暗闇を好むのに対し,寄生生物を体内にもつコオロギは光を好んだ。

夜になって周囲で一番明るい場所といえば月の光がきれいに反射している水がいっぱいたまっている場所である。
トマスらは,ハリガネムシはコオロギの視覚系の背景をいじって宿主のを催眠術にかけている,寄生した生き物は昆虫に向かって「光に向かって進め」と効果的にささやいていると考えている。

まだ,本書全体の六分の一ほどしか読んでいないが,これからどんな驚くべき観察結果,仮説に出会えるのか楽しみでならない。

ところで話は変わるが,半年ほど前から口に入れる食材を,新たな視点で取捨選択するようになった。

その視点とは,

糖質制限

このことについては,日を改めて報告したい。

本当の夜をさがして

面白い本を図書館で見つけた。

書名は『本当の夜をさがして』,副題が「都市の明かりは私たちから何を奪ったのか」
原題は「The End of Night」
著者はアメリカの作家 Paul Bogard (ポール・ボガード)
出版社は白揚社

本当の夜をさがして

著者は言う。

「ボートル・スケールを知ったそのときから,僕は夜について学び始めた。それと同時に,少年時代に初めて本物の暗闇を体験したミネソタ州北部の湖のように,かつて訪れ,暮らし,愛した場所に思いめぐらせるようになった。気になったのは,ボートル・スケールのクラス1に該当する場所が,まだ国内に残っているかどうかだった。はたしてアメリカ本土の四十八州には,まだ自然の闇が残されているのだろうか? 言い換えれば,こういうことだ−この国ではすべての場所が光に汚染されてしまったのだろうか?」

「僕はその答えを見つけようと心に決めた。一番明るい夜から一番暗い夜へ,おなじみの公共照明で華やかに照らされた都市から,クラス1の暗さがまだ残っているかもしれない土地へと,旅をする決意をしたのだ。旅の途中では,夜がどのように変貌を遂げたのか,それがどんな意味をもつのか,僕たちに何ができるのか,そもそも何か行動すべきなのかといった疑問について考え,記録していくつもりだ。とくに理解を深めたいのは,人工照明が否定のしようのないほど素晴しく,美しくさえありながらも,依然として多くの代償と懸念をもたらす危険性をはらんでいることだ」

「旅の出発地には,NASAの衛星写真で世界一明るい光を放っているラスベガスや,光の都パリがふさわしいだろう。それからスペインを訪れて「霊魂の暗闇」を体験し,マサチューセッツ州にあるウォールデン池を訪ね,「森の生活ウォールデン」の著者ソローを偲びたい。暗闇の価値を押し広め,光害がもたらす脅威への関心を高めようと日々努力を続けている科学者,医師,活動家,作家たちに会いに行く予定だ。夜間の人工灯とがん発生率を初めて結びつけた疫学者,光害規制を求める世界初の「ダークスカイ」団体を設立した元天文学者,未知なるものの必要性を説く聖職者,夜に渡りを行う鳥をさまざまな都市で数えきれないほど救ってきた活動家−このような人たちを通じて,本書の物語を進めていきたいと思う」

何とも胸がわくわくする書き出しであろうか。

ちなみに「ボートル・スケール」とは,アマチュア天文家のジョン・ボートルが2001年に考案した,夜空の明度を段階的に表すための光害基準で,最も明るい空がクラス9,最も暗い空がクラス1に分類される。

本書の構成は九段階に分けられた「ボートル・スケール」にしたがって九つの章で構成されていて,「ボートル・スケール」のクラス9である「都心部の空」を章のタイトル「星月夜から街灯へ」で語る。

以下,
クラス8「都市部の空」は「二都物語」
クラス7「郊外と都市部の境」は「光は目をくらませ,恐怖は目を開かせる」
クラス6「明るい郊外の空」は「体,眠り,夢」
クラス5「郊外の空」は「暗闇の生態系」
クラス4「田舎と郊外の境」は「夜と文化」
クラス3「田舎の空」は「ひとつになろう」
クラス2「真に空が暗い典型的な土地」は「可能性を示す地図」
クラス1の「光害が一切ない素晴しい土地」は「いちばん暗い場所」
という章名がついている。

図書館から借りてきたばかりのため,まだ最初の章「星月夜から街灯へ」を読んだだけであるが,翻訳者の上原直子さんがうまいのか読みやすく,三十年ほど前に訪れたラスベガスの記憶や,今は亡き友人と一緒にモーターサイクルで北海道を一周したとき,夜空に広がる天の川を見た時の記憶などがよみがえってきて,心地よい気分を味わいながら読み進むことができている。

「ストーナー」ジョン・ウィリアムズ (作品社)

読み終えた後,物語の主人公である一人の男の人生を,あたかも自分が生きたかのような感覚におそわれた。

主人公のウィリアム・ストーナーは19世紀末のミズーリ州の貧農の家に生まれる。

父の後を継ぐために地元の大学の農学部に入学し,下宿先の農家の手伝いをしながら勉強する。

大学二年目の一学期,全学性共通の必須教養科目の英文学概論で,講師であるアーチャー・スローンによるシェイクスピアのソネットに関する講義により,自らの生きる道を見出す。

農学部から文学部に転じ,文学部卒業後は非常勤講師として学生を指導しつつ,二人の気の合う友人との交遊を深めながら博士課程の勉強を進める。

そんな中,アメリカが第一次世界大戦に参戦,二人の友は戦場に出るが,主人公は大学に残る。

博士課程を修了し学位が授与され常勤講師の職に就いた主人公は,ある集まりで見かけた女性に恋心を抱き,数週間後に結婚する。

しかし,妻となった女性は,その破綻的性格で主人公の研究者,指導者としての人生に暗い影を落とす。

一人生まれた娘と心を通わそうとするが,それさえも妻に邪魔立てされてしまう。

主人公が唯一喜びを見出すことができるのは,若い学生を指導することだけであった。

幾多の困難に直面するも,淡々と運命を受け入れ,自らの信ずる道を寡黙に生きる主人公。

そして,主人公42歳のとき,一人の若い学生をゼミに迎えたことから,主人公をして「行く手には期して待つ何ものもなく,来し方には心温まる思いでなどなきに等しかった」と言わざるを得ない事態に遭遇する。

ところが,そのような主人公にも,喜びに身を奮わし情熱に身を焦がす,一瞬一瞬が光り輝く時が訪れる。

悲しい物語であるが,美しく力強い物語である。

生きることの悲しさと同時に喜びを感じさせてくれる物語である。

ストーナー

「動的平衡ダイアローグ」福岡伸一 (木楽舎)

「動的平衡」「動的平衡 2」に続く動的平衡シリーズの第3作目は,著者の,

「「動的平衡は古くて新しい世界観であり,機械論的・因果律的な世界観に対するアンチテーゼ,あるいはアンチドート(解毒剤)としてある」というコンセプトに賛同してくれた人たち,そして,世界をかたちづくる動的な特性-柔らかさ,温度,揺らぎ,粒だち,可変性,回復性,脆弱さ,強靭さ,かたち,色,渦,美しさ-をことさら愛する人たちとともに,世界のありようを,動的平衡の視点から論じ合った記録である」

として,8人の人との対談の記録である。

その8人とは,

記憶とは,死に対する部分的な勝利なのです-カズオ・イシグロ

複数の「私」を生きる-平野啓一郎

「知的生命体」が宇宙にいるのは必然か-佐藤勝彦

無常の世では「揺らぐ」ことが強さである-玄侑宗久

未知の知は「昨日までの世界」に隠されている-ジャレド・ダイアモンド

建築にも新陳代謝する「細胞」が必要だ-隈研吾

「ケルトの渦巻き」は,うごめく生命そのもの-鶴岡真弓

「美しい」と感じるのは,生物にとって必要だから-千住博

それぞれの対談,興味深く読むことができたが,その中で,特に印象に残っているのは「日の名残り」などで知られる作家カズオ・イシグロとの対談。

福岡の「科学者は「How (どのように)」を説明できるが「Why (なぜ)」には答えることができない」を受けて,カズオ・イシグロは「「How (どのように)」の問いの答えがあって初めて「Why (なぜ)」への答えもはっきりしてくるように思えるのです」と応える。

さらに,記憶について触れた,

「私たちは,とても大切な人々を死によって失います。それでも,彼らの記憶を保ち続けることはできる。これこそが記憶のもつ大きな力です。それは,死に対する慰めなのです。だからこそ,アルツハイマーの人々の苦しみが悲劇的に思えます。彼らはアイデンティティだけでなく,大切な人の記憶まで失ってしまっていると感じるからです」

続いて小説「日蝕」「葬送」などを上梓した作家平野啓一郎との対談で福岡は,

「東京は,基本的に道路で囲まれた区画に同じ町名がついています。でも,京都では,通りの両側で一つの町になっている」

と言い,それに対して平野は,

「町の構造をタイルと目地に喩えると,東京はタイルを,京都は目地を中心に見ている感じですね」

と応え,それを受けて福岡は,

「グーグルマップのように空から俯瞰すると,あたかもタイルが街の単位のように見えますけど,街の実態とは,道路や川を超えて行き来する物質やエネルギーであり,相互関係そのものなのです。にもかかわらず,近代以降,人は目地ではなく,タイルばかりを見るようになった。ちょうど,「自分」が周囲から規定されるものではなく,確固たる本体をもつものだと考えるようになった」

と述べる。

刺激を受けた一冊であった。

動的平衡ダイアローグ

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